『ピノキオ』の村は、なぜ歩けそうに見える?絵に奥行きを生んだマルチプレーンの秘密

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平らに描かれた村なのに、家々のあいだを通り抜けて、奥の工房まで歩いていけそう。『ピノキオ』の朝の村を進む画面には、その世界へ入りたくなる魅力があります。絵の中に「向こう側」があるように感じるのは、なぜでしょうか?[村の場面を紹介するミュージアムの制作史]

ここで取り上げるのは、ディズニーのアニメ映画『ピノキオ』(1940年)です。ゼペットが作った木の人形ピノキオに命が宿り、本当の人間の子どもになるために冒険する物語。ゼペットは、彼を息子として大切にする父親にあたる人物です。村の奥にある工房は、そんな二人の暮らしにつながる場所なのです。[ディズニー公式の作品紹介][D23の作品紹介]

もう一つの入口は、古い風車小屋に住む小さな生きものたちと、近づく嵐を描く短編『風車小屋のシンフォニー』。人物の冒険を描く『ピノキオ』とは違いますが、どちらも、キャラクターを包む場所に目を向けると面白い作品です。[D23の短編紹介]

この二作の画面に奥行きを与えた工夫の一つが、マルチプレーンカメラ。背景をいくつもの面に分けて撮影する装置です。小屋の周りや村の道を見たくなる5つの疑問から、仕組みと作り手の仕事をたどります。

※ここからは作品の導入設定と撮影方法を紹介します。結末のネタバレはありません。制作資料で確認できる事実と、本記事の鑑賞提案は分けて記します。

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1.嵐が迫る風車小屋。小さな生きものの居場所まで気になる理由

古い風車小屋に暮らす小さな生きものたち。そこへ嵐が近づいてくる。『風車小屋のシンフォニー』(原題 The Old Mill)は、小さな生きものと、彼らを包む場所が気になってくる短編です。

1937年11月5日公開、監督はウィルフレッド・ジャクソン。日本語題はディズニー公式の収録作品一覧でも確認できます。

出典:D23の作品紹介、ディズニー公式の収録一覧

この作品は、短編シリーズ「シリー・シンフォニー」で初めてマルチプレーンカメラを使った作品でした。ウォルト・ディズニー・アーカイブスは、冒頭をその使用例の一つとして挙げています。

出典:ウォルト・ディズニー・アーカイブスの作品解説

ここからは鑑賞の提案です。登場する生きものを追う前に、風車小屋とその周りの前後関係へ目を向けてみてください。「背景に小屋が描いてある」と見るときと、「その場所へ近づいている」と感じるときでは、嵐を迎える空間の広さも違って受け取れるかもしれません。

作品そのものも評価され、1938年開催の第10回アカデミー賞で短編部門の Short Subject(Cartoon)を受賞しました。さらに、装置の設計と制作への応用には、Walt Disney Productions, Ltd. 名義で科学技術賞のクラスIIが贈られています。

映画に贈られた賞と、撮影技術に贈られた賞は別です。データベースの「1937年」は対象年度で、授賞式の開催年は1938年となります。

出典:アカデミー公式の1938年授賞式記録、公式受賞データベースの1937年度・Class II

葦と池を手前に、古い風車小屋、その奥の丘と雨雲が重なり、小さなカエルや鳥の巣が見える、作品から着想した新規イラスト。
『風車小屋のシンフォニー』の世界から着想したオリジナル生成イラスト。生きものの配置や構図は記事用に作成しており、本編のカットや実際の撮影層の再現ではありません。
風車小屋のまわりに、どんな世界が広がっているんだろう。
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2.一枚の絵をズームするだけでは、村を歩けない?

村はずれの庭から、家並みを眺める場面を思い浮かべてください。手前に石の門、その先に家々の並ぶ小道、遠くには丘と青空。この一枚絵をそのまま拡大すると、門だけでなく、遠くの丘まで同じ割合で大きくなります。門を通って村へ入る感覚とは、少し違いそうですよね。

マルチプレーンの基本は、手前の景色(近景)、中ほどの景色(中景)、遠くの景色(遠景)を別々の面に分けること。ディズニーの装置では、ガラスに描いた背景を層にして撮影しました。代表的な縦型では、上のカメラに近い面が近景、その下が中景、さらに離れた面が遠景となります。

出典:ミュージアムの教材2〜3ページ、D23の装置解説、ミュージアムによる縦型装置の説明

ミュージアムの教材が示す前進の表現では、近景と中景の面をカメラに近づけ、遠景は止めておきます。全部を一緒に大きくするのではなく、距離による見え方の違いを作るわけです。ここでの庭と村は、その考え方を説明するための架空の例です。

出典:ミュージアムの教材2〜3ページ

もとの背景画に描かれた遠近感に、撮影時の変化が加わる。そう考えると、この仕組みは立体感を足す道具であると同時に、観客の視線を「どこへ連れていくか」を考える道具とも読めます。大きく動く手前の門と、奥に残る丘。その差が、絵の中の距離を感じる手がかりになるのです。

縦型マルチプレーンカメラの下部を正面から撮影した写真。高さの異なる水平な支持枠とガラス面、調整ハンドル、右側の操作盤が見える。
Frank G. Wells Buildingに展示された縦型マルチプレーンカメラの下部(2014年撮影)。高さの異なる支持枠とガラス面、調整ハンドル、操作盤が見えます。背景画を配置した撮影中の状態ではありません。写真:HarshLight「Multiplane Camera」/Flickr、CC BY 2.0。 『ピノキオ』の朝の村で使われた横型装置の写真ではありません。絵を重ねた合成結果を示す写真ではありません。掲載時は縦横比を保って縮小表示し、トリミングや追加補正はしていません。

カメラからの距離で見え方が変わる仕組みは、ホビットを小さく見せる強制遠近法と比べてみると、さらに身近に感じられます。

同じ庭なのに、近づき方でこんなに変わるんだね!
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3.『ピノキオ』の朝の村を進む画面は、5枚のガラス画から

長編『ピノキオ』(1940年)では、朝の村を進み、ゼペットの工房へ向かう場面に興味深い工夫があります。ミュージアムの制作史によると、技術者のビル・ガリティはこの場面のために、部屋いっぱいに広がる横型の拡張装置を設計しました。先ほど説明した縦型の構成と、同じ配置だったわけではありません。

同記事が説明するこの場面の景色は、機械式の枠で支えられた5枚の大きなガラス画で作られました。周囲から照明を当て、カメラを進めながら一コマずつ撮影しています。この「5枚」は、この事例についての数字です。すべての作品や場面が5枚で撮られたという意味ではありません。

出典:ミュージアムの『ピノキオ』制作史

この制作話を知ると、背景を見る目も少し変わります。一枚のきれいな絵を描くだけでなく、どの景色を手前に置き、どこから奥が見えるようにするかを、画面の動きと一緒に考えていたのでしょう。絵を眺める楽しさに、絵のあいだを移動する楽しさが加わるのです。

村の場面を見る機会があれば、画面の端から入ってくる建物に一つ注目してみてください。人物を追うときとは違う順番で街の形が見えてくるかもしれません。これは撮影工程を判定する方法ではなく、同じ映画から別の発見をするための見方です。

描かれた村を散歩できるなんて、なんだか楽しそう!
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4.魔法のような奥行きは、絵を描く人だけでは作れない

画面が自然に見えるほど、その裏にいる人たちの仕事は見えにくくなります。「ディズニーの発明」と聞いて、スタジオを率いたウォルト・ディズニーが、一人で機械を組み立てた姿を想像する人もいるかもしれません。

D23の人物紹介によると、ビル・ガリティは18人の技術者がいる部門を率い、そのチームがマルチプレーンカメラを開発しました。この記事で扱うのは、そのディズニー版の仕事です。ガリティやウォルトを、あらゆる多層撮影の唯一の発明者とする話ではありません。

出典:D23のビル・ガリティ人物紹介、D23の装置解説

撮影も、装置を動かせば完成というものではありませんでした。ミュージアムの教材は、複数の技術者が照明、絵を描いた透明なシート「セル」の配置、各面の位置を調整し、遠近感や比率、タイミングを確かめるテストを重ねたと説明しています。

出典:ミュージアムの教材3ページ

こうした仕事を知ると、背景の美しさは絵を描く人だけの成果とは限らない、と気づかされます。画家の「こんな場所を見せたい」という発想を、撮影できる形へつなぐ人がいる。滑らかに進む画面には、その受け渡しまで詰まっているように感じられます。

上部のカメラと複数の水平な支持枠、調整ハンドルを備えた、ロビー展示の縦型マルチプレーンカメラ。
Frank G. Wells Buildingに展示された縦型マルチプレーンカメラ(2014年撮影)。『ピノキオ』の朝の村で用いられた横型装置の写真ではありません。写真:HarshLight「Multiplane Camera」/Wikimedia Commons、CC BY 2.0。コントラスト・遠近補正:Janke(2016年)。 この展示状態には背景画が置かれておらず、絵を重ねた合成結果を示す写真ではありません。掲載時は縦横比を保って縮小表示し、トリミングや追加補正はしていません。
自然に見える一瞬にも、たくさんの手がかかっているんだなあ。
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5.主人公から少し目を離すと、背景に何が見える?

ここからは、制作事実とは分けた鑑賞のコツです。最初から「これは何枚のガラスだろう」と当てる必要はありません。まずは、手前の葉や遠くの窓など、目印を一つ選んでみましょう。

その目印が、ほかのものと比べてどれくらい位置を変えたり、大きくなったりするかを見ます。次に、何かの陰から別の景色が現れるところへ目を向けてみてください。重なりがほどける瞬間には、画面の中に「向こう側」があると感じやすくなります。

ただし、奥行きがある画面を見つけても、すぐにマルチプレーンだと決めつけるのは早計です。使用作品として『ピノキオ』『ファンタジア』『バンビ』などが紹介されていますが、それだけで各作品のすべての場面の撮影方法までは分かりません。

出典:D23の装置解説・使用作品

気に入った画面を一度止めてから、もう一度動かしてみるのも一案です。静止画で感じた距離と、動き始めてから感じる距離は同じでしょうか。技術の正解を探すより、その差に気づくことから始めると、背景がぐっと面白くなります。

奥行きが登場人物の気持ちにどうつながるかは、『コラライン』の現実世界と別世界の部屋を比べた考察も参考になります(設定・中盤のネタバレあり)。

手前を見ていると、今度は奥も気になってきちゃう。
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まとめ:仕組みを知ると、絵の中の世界を歩きたくなる

マルチプレーンカメラの話は、機械の名前を覚えるだけで終わりません。『風車小屋のシンフォニー』で場所の広がりに目を向け、『ピノキオ』の村では景色のあいだを進む感覚を楽しむ。仕組みを知ると、映画の中で見たいものが少し増えます。

次にアニメ映画を見るときは、ほんの一場面だけ、主人公から背景へ視線を移してみてください。手前を通り過ぎるものと、奥に残るもの。その違いを見つけたとき、描かれた場所へ入っていけそうな理由が、少し身近になるはずです。

次は主人公だけじゃなく、背景の小さな変化も探してみたい!
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参考資料

資料確認日:2026年11月4日。制作事実は以下の公式・博物館資料に基づき、画面の楽しみ方や意味づけは本記事の鑑賞提案として記しています。