大好きな音楽を選ぶと、大切な家族を裏切ることになるのか。『リメンバー・ミー』の冒険は、そんな身近で苦しい悩みから始まります。
主人公は、音楽を禁じる家で育った12歳のミゲル。音楽家を夢見る少年は祖先のいる死者の国へ向かい、ヘクターと出会いながら、家族の物語に隠れた謎へ近づいていきます。夢を追う冒険と、身近な人を知り直す物語が重なるディズニー/ピクサー作品です。Pixar公式の作品紹介
気になるのは、夢がかなうかどうかだけではありません。なぜ、誰かに覚えてもらうことがそれほど大切なのか。そして、同じ歌が違って聞こえるのはなぜでしょうか。
この映画の面白さは、家族の温かさと、その家族に分かってもらえない苦しさが同じ物語の中にあること。橋と写真、歌、祖母、ママ・ココを手がかりに、余韻を4つの疑問から読み解きます。

ここからネタバレを含みます。死者の国の仕組みと、後半でミゲルがママ・ココに歌う場面に触れます。未鑑賞の方は鑑賞後にどうぞ。公式情報や制作者の発言を手がかりにした、筆者独自の考察です。
①なぜヘクターは橋を渡れない?写真の向こうに必要なもの
ヘクターは生者の国を訪れたいのに、マリーゴールドの橋を渡れません。本作では、生者が祭壇に写真を飾って思い出していなければ、向こう側で迎える人がいないために渡れない、という決まりがあります。
共同監督エイドリアン・モリーナも、Pixarの公式紹介でこの条件を説明しています。ここで扱うのは映画の設定であり、メキシコ文化全体の決まりという意味ではありません。ヘクターの公式紹介
注目したいのは、記憶が頭の中にとどまらず、「会いに行けるか」に結びついていること。ヘクターの願いを考えると、橋は不思議な通路であると同時に、迎えてくれる誰かとの関係を表しているようにも見えます。
一方から会いたいと願うだけでは届かない。向こう側にも、自分のための居場所が必要になる。その切実さが、幻想的な仕組みを私たちにも分かる寂しさへ変えているのでしょう。
写真を飾るという小さな行為が、誰かを迎える準備になる。記憶をしまっておくだけでなく、相手に向けて表すものとして読むと、この橋がぐっと身近に感じられます。

②なぜ同じ「リメンバー・ミー」が違って聞こえる?歌の宛先に注目
生者の国へ戻ったミゲルは、ママ・ココに「リメンバー・ミー」を歌います。Disneyの公式動画紹介でも説明されている、物語後半の場面です。ママ・ココへ歌う場面の公式紹介
音楽家になりたい少年の物語を、才能が認められるかどうかだけで追っていると、歌を成功のための手段として見てしまいます。でも、ここでミゲルが声を届ける相手は、目の前のママ・ココです。
この違いを考えるとき、歌の制作背景も手がかりになります。作詞作曲を担当したクリステン・アンダーソン=ロペスとロバート・ロペスは、一つの歌に複数の意味を持たせる挑戦だったと振り返っています。曲の核にあるのは、愛する人との別れと、音楽を通じてつながり続けることだというのです。Disney掲載の作者コメント
この説明を踏まえると、歌の「宛先」に耳を傾けたくなります。「自分を見てほしい」と願う歌と、「あなたとつながっていたい」と願う歌。同じ曲でも、歌い手と聞き手の関係から受け取るものは変わるのでしょう。
ミゲルの音楽を、夢への道であると同時に、大切な人に近づく方法として見る。その読み方が、あの歌の余韻を深くしてくれるように思います。


③祖母の音楽禁止は正しい?愛情と厳しさを考える
ミゲルの祖母は、家族を愛しながら、音楽禁止の規則を厳しく守らせる人物です。Pixarの人物紹介でも、温かさと厳しさの両方が描かれています。ミゲルの祖母の公式紹介
この二つが同居しているからこそ、ミゲルの悩みは単純になりません。自分を嫌っている人に反対されるのとは違い、大切にしてくれる人に夢を否定されるのは、相手を切り捨てれば済む話ではないからです。
ただ、愛情からの行動だから正しい、と結論づけるのも早いでしょう。守るつもりの規則が、守りたい相手を苦しめることはありえます。逆に、少年の夢だけを見て祖母を邪魔者にしてしまえば、家族が規則にこだわる理由を考える余地がなくなります。
この人物像から読めるのは、愛情があることと、相手を理解できていることは同じではない、という問題です。家族を大切にする物語なのに、家族の判断をそのまま受け入れればよいとは限らない。その緊張が、ミゲルの夢を他人事にさせないのだと思います。
守りたい気持ちが、相手への厳しい条件になってしまう理由は、『インサイド・ヘッド2』のシンパイの考察からも考えられます。

④ママ・ココが覚えているかどうかだけを見ていない?
ミゲルが歌を届けるママ・ココ。Pixarの紹介では、彼女は記憶が薄れても、愛してくれる人々に囲まれていると説明されています。ママ・ココの公式紹介
記憶が大切な意味を持つ物語だからこそ、ここは見落としたくありません。ココを、誰かを覚えているかどうかだけで見てしまうと、彼女自身が大切にされる人物であることが後ろへ退いてしまいます。
ミゲルがココに歌う場面も、物語を先へ進める役割だけに注目するのではなく、少年が大切な人に声を向ける場面として受け止められます。「何を思い出すのか」を追う目と、「誰がそばにいるのか」を見る目では、同じ出来事から受け取るものが違うのです。
映画の幻想的な仕組みを、現実の「忘れてはいけない」という義務に置き換える必要はないでしょう。思い出す力と、その人が大切であることを混同しない。そう考えると、記憶を守る物語の中に、記憶が揺らぐ人のそばにいる温かさも見えてきます。

記憶と家族のつながりを別の作品から考えるなら、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』の「忘れないことが力になる物語」もあわせてどうぞ。

見終わったあと、誰の話を聞きたくなる?
橋を渡りたいヘクター、夢を追うミゲル、規則を守る祖母、歌を届けられるココ。それぞれに目を向けると、「家族を大切にする」という言葉の中にも、迎えること、聞くこと、問い直すことがあると気づきます。
制作の出発点にも、人との出会いがありました。監督リー・アンクリッチとプロデューサーのダーラ・K・アンダーソンは、死者の日を知るためのメキシコへの調査旅行が、家族や伝統、祖先を敬う物語につながったと振り返っています。Disney掲載の制作陣コメント
その背景を知ると、作品の温かさを大きなメッセージだけで捉えるより、誰が誰を気にかけているのかを追いたくなります。もう一度見るなら、歌の上手さだけでなく、その歌を誰に聞いてほしいのかにも注目してみてください。

参考資料
- Pixar Animation Studios「Coco」:作品設定、登場人物の紹介、制作者コメント。
- The Walt Disney Company「Disney Releases Earn 10 Oscar Nominations」(2018年1月23日):楽曲の作者と制作陣の発言。
- Disney Video「Miguel Sings “Remember Me” to Coco」:歌唱場面の公式紹介。


