家族がもっと優しくて、毎日がもっと楽しかったら。そんな願いをかなえてくれる世界が、家の小さな扉の向こうにあったら、のぞいてみたくなりませんか?
『コララインとボタンの魔女』は、その気持ちをくすぐりながら、だんだん逃げ出したくなるダークファンタジーです。なぜ、夢のような世界がこんなに怖いのでしょうか。
このページでは、まず映画の見どころをご紹介し、理想の家族やボタンの目を考察。そのあとで、20万通りを超える顔の組み合わせや、手作りの表情を支える制作の裏話を見ていきます。
※物語の設定と中盤までの展開、演出に触れます。結末の具体的な出来事は紹介していません。ボタンの目などの意味については、制作側の発言と筆者の考察を分けて記載しています。
どんな映画?小さな扉の先に、もう一人のお母さんがいた
主人公は、新しい家に引っ越してきた少女コラライン。両親は仕事に追われ、退屈な毎日を送る彼女は、家の中で小さな扉を見つけます。
その先にあったのは、自分の家によく似た別世界。そこでは、もう一人のお母さんが、コララインの望むことをかなえてくれます。ただし、その目はボタンでできているのです。
自分をかまってくれる家族と、楽しそうな暮らし。目のことさえ気にしなければ、こちらのほうが居心地はよさそうですよね。ところが、その優しさには、恐ろしい見返りが待っていました。
監督はヘンリー・セリック、原作はニール・ゲイマン。LAIKAが手がけたストップモーション作品で、2009年製作、日本では2010年に公開されました。実物の人形を少しずつ動かして撮る映像だからこそ、不思議な世界にも手で触れられそうな存在感があります。
かわいいものと不気味なものが同じ場所にある。このちぐはぐさが、本作の面白さです。怖い映画は苦手でも、秘密の扉や不思議な家に惹かれる人なら、つい続きを確かめたくなるのではないでしょうか。
作品情報・あらすじ:ギャガ公式「スタジオライカの軌跡」、Focus Featuresの作品紹介


なぜ理想の家族が怖い?優しさに見返りを求められたら
別世界が最初から恐ろしい場所なら、近づかなければ済みます。でも、コララインにとっては、現実で物足りなかったものがそろっている。そこが厄介ですよね。
セリック監督はインタビューで、もう一つの世界を、初めは何もかもがよく見える場所にしたかったと説明しています。ボタンの目や小さな違和感を残しつつ、不気味さを少しずつ明かす方針だったそうです。(ComingSoon掲載の監督インタビュー)
この作り方を踏まえると、本作の怖さは、コララインが単に危険を見落としたことよりも、危険を疑いたくなくなるほど、その場所が魅力的だったことにあると読めます。
自分だけを見てくれる相手がいて、望んだものが手に入る。ところが、その親切に見返りを求められた瞬間、これまでの優しさまで違って見えてきます。
これは筆者の考察ですが、もう一人の母親の怖さには、自分の願いを理解してくれる相手に、逆にその願いを利用される怖さも重なります。うれしかった分だけ、相手の本心を疑うのが難しくなるのです。
だからこそ、映画を見るときは、何を与えてくれるかだけでなく、コララインが自分の気持ちを言える相手なのかにも注目してみてください。優しさの見え方が、少し変わるかもしれません。
居心地のよさと、自分で選べることの違いは、『トゥルーマン・ショー』の美しい町の考察とも重なります(ネタバレあり)。

ボタンの目は何を意味する?かわいいのに安心できない理由
服についているボタンなら、何も怖くありません。ぬいぐるみの目に使われていても、かわいく見えることがあります。それなのに、お母さんの顔にあると、急に落ち着かなくなるのはなぜでしょうか。
ここでは、ボタンの目を相手の気持ちの読めなさとして考えてみます。
人の顔を見るとき、口元が笑っているかだけでなく、視線や目の様子も気になりますよね。相手が自分をどう見ているのか、そこから確かめようとするからです。
ところが、ボタンを見つめても、人の瞳と同じようには見つめ返してくれません。顔つきや声は親しげなのに、目の部分だけが、よく知っている家族から離れている。その小さなずれが、安心しきれない感覚につながるのではないでしょうか。
もう一人の母親が何をしてくれるのかは分かっても、どんな気持ちでしているのかは分からない。そう考えると、ボタンの目は、別世界の魅力と不気味さを同時に感じさせる見た目になっています。
ただし、これは本記事の読み方です。ボタンには必ずこの意味がある、という公式設定として紹介しているわけではありません。あなたはあの目を、かわいいと感じましたか。それとも、最初から警戒しましたか?


別世界が魅力的に見える理由は?部屋の奥行きにも秘密があった
別世界に惹かれる理由は、そこにいる人たちの態度だけではありません。映画の空間そのものにも、コララインと一緒に足を踏み入れたくなる工夫がありました。
セリック監督は、現実世界のセットを圧縮し、平たく作った一方で、別世界では奥行きが広がるようにしたと語っています。3Dの使い方も物語に合わせて変化させたそうです。(BFI/Sight and Soundの監督インタビュー)
つまり、同じ家に似ていても、空間の感じ方まで同じとは限らないのです。狭く感じる場所から、奥まで広がる場所へ。これなら、コララインの解放された気分を、観客も感じ取りやすそうですよね。
ここからは考察ですが、別世界が居心地よく見えるほど、現実の家は、なおさら窮屈に感じられます。映画は、どちらを選ぶべきかと説明する前に、まず私たちをコララインの迷いに近づけているように思えます。
次に見るときは、登場人物だけでなく、部屋の奥や扉の向こうにも目を向けてみてください。物語を動かす気持ちが、背景にも表れているかもしれません。

コララインの顔は20万通り?小さな表情を生む交換パーツ
ここまで目や気持ちに注目してきましたが、コラライン自身の表情にも驚くような裏話があります。実は、人形の顔のパーツを取り替えて演技を作っているのです。
監督によると、眉や目を口とは別に扱えるように、コララインの顔は分割されていました。顔の上と下を組み合わせることで、細かな表情を選べる仕組みです。(Focus Featuresの監督インタビュー)
MoPOPとLAIKAによる展覧会の公式説明では、コララインの顔の組み合わせは207,336通り。20万通りを超えています。(「Hidden Worlds: The Films of LAIKA」公式展示解説)
ただし、これは組み合わせの数です。20万個以上の顔を印刷したという意味でも、すべての組み合わせが本編に登場したという意味でもありません。
たとえば、同じ口元でも、眉を上げるか下げるかで印象が変わります。図のように、上のパーツが2種類、下が2種類なら、組み合わせは4通り。実際のパーツ数ではなく、仕組みを理解するための例です。
この仕組みを知ると、何を言っているかだけでなく、どんな顔で言っているかも気になってきます。台詞の間にある、ちょっとしたためらいや不満を表す顔。その演技を選び、つないでいく仕事にも注目したくなりますね。


3Dプリンターだけで完成?手描きと手彩色、消された継ぎ目
交換用の顔を作る工程には、3Dプリント技術が使われています。先ほどの3D映像は立体的に見せる話でしたが、こちらは立体のパーツを作る技術の話です。(MoPOP・LAIKAの公式展示解説)
でも、プリンターが表情を考えてくれるわけではありません。監督によると、表情はまず手描きし、主要な形を彫刻。その間をつなぐ形を、コンピューターで作っていました。(Focus Featuresの監督インタビュー)
さらに、彩色に携わったTory Bryantは、自身の制作実績で、キャラクターの顔の色彩設計、手彩色、ラッカー仕上げを担当したと紹介しています。形ができた後にも、手で仕上げる仕事があったのです。(Tory Bryantの制作実績)
では、上下に分けた顔の継ぎ目は、どこへ消えたのでしょうか。監督は継ぎ目を残したいと考えていましたが、最終的にはデジタル処理で消したと語っています。完成した画面だけを見ていると、気づきにくい作業ですよね。(BFI/Sight and Soundの監督インタビュー)
手で描く人、形を作る人、色を塗る人、撮影後に整える人。小さな顔の演技は、こうした仕事が重なって生まれていました。
なお、アカデミーは2016年、Brian McLeanとMartin Meunierを、ストップモーション映画のキャラクターアニメーションにラピッドプロトタイピングを先駆的に活用した功績で、科学技術賞の受賞者として発表しています。『コラライン』という作品自体への賞とは区別しましょう。(アカデミー公式発表)
同じLAIKA作品の作り方が気になる人は、『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』の考察と制作の裏話もどうぞ。

まとめ 怖さの入り口は、かなえてほしかった願いだった
『コララインとボタンの魔女』は、不思議な家を探検する面白さと、自分の願いを見透かされたような怖さが隣り合う映画です。
理想の家族は、なぜ怖くなるのか。ボタンの目を、なぜ見つめ続けられないのか。別世界に惹かれる気持ちを考えると、その不気味さは、少し身近なものにも感じられます。
そして、その気持ちを伝える表情には、交換用の顔や手彩色、デジタル処理が使われていました。作り方を知ってから見ると、人形の小さな顔が、さらに気になるはずです。
もし次に見るなら、コララインの望みと、相手が求めているものを並べて考えてみてください。最初はうらやましかった世界が、違って見えてくるかもしれませんね。



